ATSUSHIは、日本の歌手、作詞家、作曲家。EXILEのボーカル。COLORの元ボーカル及び元プロデューサー。 埼玉県越谷市出身。身長175cm。 生年月日: 1980年4月30日
名言
感謝の気持ちを口にするだけでなく行動にうつさなければ、それは本当の意味で感謝していることには達しないと思う
つらいことも嫌なことも生きているから感じられる。そのことを忘れてはいけないと思った
どんなに暗い道を歩いていても、光を求める気持ちさえあれば、いつかはきっと光に出合える
僕の夢はいつも、胸を張って夢と宣言するのが気恥ずかしくなるくらいの、目の前にあるささやかな夢だった
僕は誰とも違わない。どこにでもいる、ただの男だ。
僕はいつも、聴いてくれる人の人生を豊かにする歌を歌いたい
自分を大切にする。そして、他の人の大切さに気づく。
歌手が悲しい歌を歌うのは、その歌手自身が悲しいからとは限らない
幸せなときは、あまり心に詩が浮かばない
歌がうまくなるためには、研究者的な耳を持つ必要があると思った
生まれてこの方、自分をいちどもカッコイイと思ったことはない。
自分で歌いたい曲を作り、それを歌いたいように歌えるなら、それだけで僕は自分の人生に喜びを感じ、満足することができる
たくさん売れるということは、たくさんの人の心がそこにあるということだと僕は思う。ただの数字じゃない
できる限り多くの人と心を通わせるために、敬語で語りかけたい
売れるということは、背負うべき責任が、より大きく、重くなるということなのだろう
大衆に迎合するという言葉があるけれど、モノを作る人がそれをやるのは、間違いなく自殺行為だ
ネガティブだけの出来事はないし、ポジティブなだけの出来事もない
皆がEXILEの想いを
繋いでくれていた。
“前回と同じくらい、いい”
というステージはない。毎回、気づきがあって、成長がある。
僕が歌っているとき、いつももう一人の自分がその歌を聴いている
ヘタでもいいから、メッセージを届けたいと思っていた。僕自身も歌いながら涙ぐんでいることが、結構あります。
勝手に、自分はもっとうまく歌わなくちゃいけない歌手だと思っていました。でも、生きざまと言ったらカッコよく聞こえますが、そういうものを共有してきたのがアーティストであり、グループなんだと教えてもらえた。
老若男女に愛される、日本の心をうたっていく。これがEXILE ATSUSHIソロとして見えてきた方向性。
これまでさまざまな人たちが、平和を願って歌を作ったり歌ったり、明るい未来を願って音楽に携わってきたり、もちろん音楽だけに限らず、武道をやってきたり、社会活動をしてきたり……と、明るい希望に満ちあふれた未来を願って活動されてきた人がたくさんいると思います。過去からその想いを今日までつないで想い続けている人も、僕やEXILEを含めたくさんいると思う。この想いがこれからもきちんと
つながり続けて、早く現実化してほしいと願っています。
インタビュー
EXILEから離れた1年半の理由
HIROさんの明確なビジョンや目的意識があるから大丈夫だ、きっとポジティブな意味なんだって思って受け入れてはいたんです。ただ、グループの幅の広がりが、逆に自分の表現を狭めてしまうような部分もあるじゃないですか。それを抑えつけた結果、どんどん自分で苦しくなってきてたところもあるんでしょうね
20代は勢いと気合で突っ走っていた。でも年齢を重ねて、変わっていくEXILEをスッと受け入れられなくなって、乗り切れなくなった。自分を解放していかないと壊れてしまう。デビューしてから初めて胸を張って、意見を言って留学したんです
みんなと不仲だったら、EXILEを辞めるという選択になったかもしれません。でも、EXILEは、お互いの人生を尊重しているところがあって。HIROさんも残念がっていたし、メンバーも戸惑っていたけれど、幸運にもスタッフを含めて待っていてくれることになったんです
SNSについて
僕としては『ああ、やっと一息つけるな』と。EXILEを『休む』っていう選択は、希望につながったんです。休んでいる間でも、ファンの皆さんや待っていてくれている人との交流がゼロにならない自信もありましたし。モバイルサイトやSNSを通じてコミュニケーションをしたり、イベントにちょっと顔を出したりとかね。最初の投稿のとき、自分のイメージが崩壊するんじゃないかって、すごい迷いましたね。でも、投稿するうちにすごい楽になって。いつもEXILE ATSUSHIじゃなきゃいけないっていう気持ちが取れましたね。
なぜ「歌手」であり続けるか、これから
恋がかなわずに、何とかその人に認めてもらいたいという気持ちみたいなものですね。オーディションに落ちて、やっぱり悔しかったり……。そういうものが、今でもあります。だから、今でも決して満たされない
40~50代で、自分の生きていく方向性が固まってくると思います。50歳まで、刺激的な感じになっていくと思うので、バリバリやっていこうと(笑)。皆さんのご要望があれば、続けられるかぎり、EXILEのATSUSHIとして活動したい。そのあとは、田舎暮らしでゆっくり音楽を作る生活もいいけどね
『歌えなくなったらステージを降りる』という美学もあると思うんです。けれど、『声がガラガラでもステージに立ち続ける』美学もあると思います。困っている人や、悲しんでる人がいるかぎり、その中の1人でも救われるんであれば、自分が歌う意義があるのかなという使命感もありますね。矢沢(永吉)さんは今もバリバリやってますから、70歳まではやらないと。